開催レポート ”千代田での丁寧な暮らし”を話そうワークショップ~第4回 『子どもの眼差しが教えてくれること。』

by 管理者
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2024年6月9日(日)10:00~第4回「千代田での丁寧な暮らしを話そう」~子どもの眼差しが教えてくれること想像すること~を千代田区在住の方を中心に参加者4名・企画メンバー4名・ゲスト2名の計10名の対話型ワークショップとして開催しました。
『丁寧な暮らし』をキーワードに、
①新たに出会った仲間と答えのない問いを考えることを楽しむ。
②その新たな出会いが繋がりになる。
③生活者としての等身大の言葉を発信、共有できる場となる。
以上のことを目的として開催しています。

1.プロローグ

①丁寧な暮らしとは?
始めに、「丁寧な暮らし」のワークショップのこと、『コンサーマトリー:今行っている行為を未来の目的やゴールに対する手段とするのではなく「行為」そのものとして楽しむ姿勢』という言葉をヒントに改めて考えさせられたことを紹介しました。

②テーマとゲスト、流れの紹介

今回のテーマは、「子どもの眼差しが教えてくれること」です。
最初にゲストのお二人から簡単に自己紹介をして頂きました。
・松本典子さん
子育て支援の団体「Colouful LABO(カラフルラボ)代表」
・松澤美智代
上のお子さん達のサポートのもと第3子の介護を伴う育児に奮闘中

2.自己紹介~暮らしを考えはじめる10の質問

これまではテーマに絡めたお題を設定し自己紹介を行ってきましたが、今回は、このほど作成した『暮らしを考えはじめる10の質問』より各自1問を選びそれに答えるというスタイルに。

※質問自体は現状18ありますが、今回のテーマや季節に合わせ10をセレクト、10の質問が書かれた10枚の紙が入ったボックスから一枚引いて答えてもらいました。

企画メンバーの挨拶も兼ね、順番は企画メンバー、参加者という流れにしました。
また、10の質問すべてを栞に掲載、『「自分を花に例えると?」という質問が当たらなきゃいいなあと思っていた』といった言葉も聞かれ、10の質問という設定がもたらす期待感や緊張感が多少なりにもあり、場のメリハリにも繋がっていたようにも思います。

開催後のアンケートにも『1つ1つは何気ない内容なのにその人の芯の部分が垣間見られた。自分ならどう答えるかと考えるだけで脳が活性化し「なるほど」と思える意見にはカタルシスもある』という感想もありました。

テーマと問いに関連したプレゼンテーションと対話を丁寧に展開することで、自然とそれぞれの内面が掘り下げられ、対話時に唯一無二、自分なりの思いや言葉が語られることが開催の大きな意義と感じていますが、日常の役割からはなれ本来の自分に向き合えるきっかけをこの10の質問でさりげなく提供できるとすれば、非常に有意義なことだと思います。

3.今日の一本

毎回テーマに関連した本を一冊紹介していますが、今回は映画をご紹介。
映画:『PERFECT DAYS』(2023年日本・ドイツ合作)
監督:ヴィム・ベンダー 主演:役所広司

静かで淡々とした日常でありながらも主人公が日一日新しく思い生きる様は、冒頭で紹介した『コンサーマトリー』という言葉とリンクし、その結果、丁寧な暮らしとは?という問いの一つの答えを提示しているようにも感じられました。
また、今回の『眼差し』というテーマに関連し、監督が映画手法を用いて観客に自分以外の異なる眼差しを提供し得た作品であることも是非お伝えしたかった点です。子どもの心のままでいること、大人であるがゆえのしがらみを全て放棄することは現実的には不可能かもしれないですが、子どもをはじめ自分以外の誰かの眼差しを想像することで本来の自分自身と改めて向き合うことができるのではないかと、という思いを持ちながら紹介しました。

4.ゲストトーク

今回のゲストの松本典子さんは、子育て支援の団体「Colouful LABO(カラフルラボ)」代表をされていますが、息子さんの不登校や発達障害と向き合ってきた経験をお持ちです。そのことがきっかけで同じような悩みを持つ人の役に立ちたいと団体を立ち上げられています。

松澤美智代さんは、上のお子さん達のサポートのもと、第3子の介護を伴う育児に奮闘されています。

冒頭、松澤さんの娘さんが書かれた『弟』の朗読しました。

『弟』:第18回ちよだジュニア文学賞受賞作品。生まれて間もなく遺伝子系疾患があるとわかった弟。その弟を見守り支える家族の姿を姉として見つめながら、病気があるということをポジティブに変換していく心の成長を、さりげない季節の描写とともに表現しています。

その後、作文の背景や母としての本音を松澤さんに伺いながら、松本さんの経験や活動に話を展開しました。

~以下は印象的だった言葉です~

〈松澤さん〉

  • 長女に書いてみないかと勧めたのは、弟に対する不満を聞きたかった。いつも素直でいい子だったので、心の声を聞いた方がよいかと思い勧めた。結果として、本当にいい子で、勘ぐらなくてもよかったんだと思った。
  • 弟の授乳は飲む力が弱いために、ミルクを高いところにつるした状態で高低差を付けて送り込む形で与えていた。少し成長して、これをしなくてよくなった時に子どもが「終わってよかった」と書いていた。自分としては、この先のことも心配でそれを認識する余裕もなかったが、子どもはそのように見てくれていたし、ひとつづつ先に進んでいたということを実感した。
  • 自分は転勤が多くて、転校生というマイノリティになる経験が多かった。そのため、生きる主義として、お年寄り、子ども、障害者、外国人の方にはやさしくにしようと思っている。自分もその立場になる可能性があると思っているので。因果応報というか、いつかは自分に返ってくるのではと思っている。

〈松本さん〉

  • 自分はこれまで努力をすれがなんでも叶うと思って生きてきた。しかし、長男は学校に馴染めない状態があり、結果としてIQが高すぎるという状態だったということが分かった。いくら努力してもかなわないものがあり、子どもが見えている景色は自分とは違うんだということが分かった。
  • スクールカウンセラーの先生に紹介されて、上智大の学生さんが色々と教えてくれるようになった。まじめな学生さんで、子どもが「自分に真剣に付き合ってくれる大人」がいることを知り、そこから子供の価値観が変わってきた。
  • 自分のようなお子さんを持つ人は孤立しがち。日々辛いことを口にする機会が大事だと思っている。人と話すことで見方が変わったり、不幸でないと気付ける。障害も個性だと思えるようになってくる。家族で解決しようとしないで、繋がっていく中で何かできることがある。人とのつながりが大切な時代だと思う。
5.対話

テーマ:「子どもの心をもち続けることは難しいことなのだろうか。」

対話のきっかけとなるよう、成長の過程で社会性という名の下に身に着けていく常識や善悪や理屈といったものに懐疑的でいる必要性、また行き過ぎた利益の追求という側面を持つ強い市場経済が私達を盲目的にしているのではないか、といった視点を引用文を用いて提示しましたが、ゲストトークからの自然な流れにのって対話がスタートしたため、この引用文の説明を丁寧にできなかった点を反省しています。引用文に戻れるきっかけを話の展開から掴もうとしたものの、掴みきれず、しっかりした構成と当日の流れをうまく展開していくバランスの難しさを実感しました。
ただ、こちらの力量とは裏腹に、唯一無二で心にとどめておきたいと思う印象的な言葉が皆さんから次々に語られ、皆さんとともに作り上げる場であることも改めて痛感しました。

~以下は特に印象に残った言葉です~

  • 子どもの心は無邪気さだと思う。それを忘れないようにすればいいのではと思う。善意だったり、きれいだと思う心は持ち続けたいと思う。利益だけを追求すると、心がぐちゃぐちゃになり邪心を生むのではと思う。
  • 子どもの絵画には多様性があって意味があると思っている。子どもの持つ「常識感(大人とは違う)」みたいなものは大事ではないか。
  • 子どもは自分の思っていることを「子どもの心」と思っていないのでは。それは大人が名付けているもの。それぞれが思う目線でみているだけでは。大人は客観的にみたり、意味付けをする中で、記憶がすり替わっていることも多い。
  • 子どもは今やりたいことをやっている、欲望通りに動く。今は子どものころのことをあまり思い出せない。待ち続けたいとは思う。
  • 子育てをする中で、人生の復習ができることが喜びだった。忘れていた好きなコトやワクワクしたことをもう一度子どもの目線で見れるのがうれしかった。退職後の生き方に悩む人に対して、「子どものころ好きだったことを考えないさい」というアドバイスがある。それは、まさに、自分の本当の好なことを大切にというメッセージであると思う。
  • 今でも自分は子どもだと思っている。変わりたいとは思っていない。ありのままの自分でいたいと思っている。
  • 子どもに対して、自分の価値観を押し付けていないかと思う時がある。子どもであってもお互いに尊重し合うことが大切ではないかと思っている。大人の経験から指導するというのは違うのではと思っている。
  • ある困難な状況の時に、子どもに「わからない」と答えたことがある。それをすごく子どもが受け入れてくれた。子どもに対して知ったかぶりしないで、素直に「わからない」と伝えることも大事だと思っている。
  • 大人であっても、大切にしたいことを大事にして生きていくことは、とても大事なことではないか。
6.まとめ

それぞれ違う人生を歩んでいて、異なるモノの見方をし、考え方も違う、当然言葉は唯一無二のものとなり、だからこそ対話が彩り豊かなものになっていく、、、、みんな違うということがこんなにも素晴らしいことなのかと思います。

同調や共感を求められることが多い現代社会、ありのままの自分を追いやってしまうことも多いかもしれない。だからこそ役割や立場から解放された自然体の自分でいられる場所や時間の存在意義は大きくなっていくのではないでしょうか。

「暮らし」は誰もが営んでいるものでありながら、個々のものの見方や価値観が自然に反映され、その暮らしの形は人の数だけ存在します。多様であることが大前提で、かつ、善悪や正義といった二元論的思考からは遠くあるこの「暮らし」を入口にしたことにより、ありのままの自分での思考がより容易になるのかもしれないと感じています。

参加者の皆さんの素晴らしい言葉の数々は、対話を通じてそれぞれの皆さんの心に残っていくものではありますが、開催者として、記録にも工夫したいと感じています。

(主宰 黛茜さん)

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